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スペインでチームを率いる19-20(4) 責任者として包容力 〜握手をする意味について考える〜

先日の試合は0-2で負けてスタートしながらも、選手達はボールを失う恐怖に必死に向き合い、何とか相手を自分達の土俵に引きづり込むことに成功しました。そこから怒涛の7得点。途中から出てきた攻撃陣も含め皆が一点ずつ取り、彼らのエゴもうまく満たされ、試合後は幸せな空気が流れていました。チーム全体の士気が上がった試合だったと言えます。そして今週から4戦連続で下位チームとの戦いが待っています。そんな週明け1回目の練習はどんな雰囲気で練習するのかなと楽しみにしていたところ、案の定ふわふわしたリラックスモードに包まれた自チーム。まさに「油断」している選手達は、練習中僕に大目玉を食らう羽目に。「本当に強いグループというのはここでいい練習ができるんや!」と日本には勝って兜の緒を締めよという言葉があるんだと紹介しようかと思いましたが、説明が長くなるのと、僕の語彙力が追いつかないので諦めました。「リーグ終盤に本気で上位に食い込んでいたいならこういう時こそ締まった空気を作れないとあかんぞ」と伝えました。サッカーとはマラソンにも似たスポーツ。長いシーズン、良い意味でも悪い意味でも一喜一憂しないことが大事です。気持ちの整え方を覚えるのもプロサッカー選手を目指す上では大事なこと。そういう意味ではまだまだ未熟なチームです。

さて、今回のテーマは「握手」です。皆さんは日頃握手をしますか?日頃の挨拶で握手をする人もいるでしょうし、仕事やトレーニングを行う前に握手をする習慣のある人もいると思います。僕も同じです。練習前にロッカールームでミーティングをする前にスタッフや選手達各自と握手をする習慣があります。僕の知っている限り、こちらの人はあまり練習前に握手をしません。「わざわざしない」というイメージでしょうか。なので今の選手達も最初のその習慣に新鮮さを覚えているようでしたが今はもう慣れているようです。自然と手が出てくるようになりました。

スイッチ

なぜ練習前に選手と握手をするのか?その理由はいくつか考えられると思います。まずは単純に「今日もよろしくね」と単純な挨拶のため。同時にトレーニングを始める合図のような要素もあります。それぞれと動作の面で繋がることで「さぁやろう」という気持ちになるというか。反対にそれぞれと繋がらずにいきなりミーティングをスタートするのは僕は嫌です。何かこう、少し距離を感じるんですね、選手達と。選手達と自分の間の関係性がぼんやりしたままスタートしてしまう気がするんです。鶏が先が卵が先かではないですが、意識の部分で繋がっていればそれでいいと言われればそれまで。ただどうしても体と体が接触することで意識も活性化するというその順序はあるんじゃないかなとも思います。

お互いのチェック

そんなトレーニングを始める合図の意味合い以外に、選手の様子を感じる大事な機会でもあると思います。理科でやったリトマス紙チェックみたいなものでしょうか。酸性とアルカリ性ではありませんが、その瞬間に選手の状態がなんとなくわかることがあります。気持ちが落ち着いている状態の選手、いつもはしっかり着替えられているのにまだ着替えきれていない選手。以前は僕の目を見ないで握手していたのに最近は目を見て握手してくる選手。前回の試合で出場時間が少なく自分に対して怒っている選手。ごくわずかな時間ではありますが、直感のレベルで何かを感じることができます。そしてこれらの確認は決して選手達に向けてだけではありません。指導者である自分自身に向けてのチェックの色も濃いです。なぜなら握手の瞬間というのは、前回その選手と会ってから握手をするまでに自分はその選手について何を考えたのかを想う機会でもあるからです。25人もいるのでそれぞれの握手に時間をあまりかけることはできません。ただ、その瞬間に反省する時があります。「あぁこの選手の前回のプレーやトレーニングの様子を自分の中で反芻できてないまま今日を迎えているな」と。要はその選手と前回会ってから今日まで殆どその選手のことを考えないまま練習場に来たということです。選手というのはプロジェクトです。プロジェクトというのは日々進行しているはずのもの。そのプロジェクトに良くも悪くも影響を及ぼしている我々指導者がその選手と向き合うことを疎かにしてしまうというのはどうでしょう。指導者としての責任を全うしていないことを意味します。我々の仕事は試合の戦略や練習メニューだけを準備してサッカー場に向かうことだけではありません。

握手の本当の意味?

ただ上に記した握手の意味というのはある意味表面的な理由だと思います。これらの為だけに二人の人間が手を出し合うというのは何かこう寂しいですよね。打算的すぎます。きっと握手をする最大の意味は他にあるはずです。そしてそれがチームを率いる為には一番大事だとも確信しています。それはサッカー現場における選手と指導者という表面的な関係を超えて、人と人として、その目の前の人間と繋がれているかどうか。そこにはサッカーの要素は一切ありません。その選手のプレーの出来や態度・過去の言動は関係ありません。何かが理由で自分に対して怒っていたとしてもそれも関係ありません。自分の頭の中が練習のことで選手が適当に握手をしてきてもそれも関係ありません。もっと深い部分でその目の前の人の存在を認め合うことができるかどうか。これは些細なことではありますが、グループの責任者としてすごく大事だと思います。ある意味、専門性を超えた包容力のようなものが現場の責任者には求められるわけですが、これができないと選手達と一緒に本当に良いものを創り上げることなんて絶対にできないと強く思います。

リーガ屈指の人徳者メンディリバル監督

エイバルのメンディリバル監督。7年前まで6000万円の予算でやっていたクラブが今では50億を超える資産を持つようになった所謂エイバルドリームの立役者です。エイバルが5年連続でリーガエスパニョーラ1部に残留しているその責任者がメンディリバル氏です。リーガ屈指の人徳者としても知られています。選手と監督という関係を超えて深い部分で選手とつながることのできる偉大な現場責任者です。そんな彼を慕うプロサッカー選手は多くいるわけですが、そんな彼の人間的な魅力を語るエピソードは沢山あります。その一つを紹介します。彼はしばしば遠征のバスの中で選手達と一緒にトランプゲームします。普通サッカーのプロリーグの監督はバスの先頭に座って選手と距離を置いて移動するものですよね。別にそうである必要はないのですが何かこう暗黙の了解のようなところがありますよね。「そんな。選手と一緒にカードゲームをするなんて。公私混同するのは良くない!」という意見も聞こえて来そうです。彼はレギュラーの選手、控えの選手関係なくどの選手とも分け隔てなくゲームを楽しみます。そして試合会場について、いざ試合となると一気に仕事モードに。一緒にさっきまでゲームをしていた選手をメンバーから外したり、凄い形相で選手を罵倒したり。「凄い切り替えだな」と感心させられます。ある意味そんな“衝撃的な”切り替えを彼は普通にやってのけるわけなのですが、その根底にはきっと人と人として強い繫りを持っているからだと思います。

 練習前も練習後もサッカーの話だけをして帰っていく指導者って寂しいなと最近強く思うようになりました。きっとそれは自分が沢山失敗してきたからだと思います。サッカー面だけで選手と繋がろうとすると、結局表面的な関係だけで繋がったチームが出来上がります。そういうチームは本当の強さに欠けます。魅力にも欠けます。そういうグループはまずプレーする本人たちがワクワクしていないですし、そんな選手たちが作る作品は観ている人達の気持ちを鷲掴みにするようなことは絶対にありません。サッカーという専門性の枠を超えた責任者のある意味包容力のようなものはそういう時にも求められると思います。監督って難しいですね。

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