entrenamientosagaikaga0

対話を行う難しさ 〜出張トレーニングを行って感じること〜

こんにちは岡崎です。僕の出身チームである蹉跎伊加賀蹴球団さんを訪問し、出張トレーニングをさせて頂きました。対象は小学校4-6年生。自分の体を自由に動かすことについて非常に訓練がされている子達が多いのに驚きました。立ち方、歩き方、姿勢、こういったフットボールにおける末端部分を幼少期にしっかり指導してもらえる場所というのは貴重だなと感じました。あとこのチームでは怪我をする選手が殆どいないそうです。成長痛もないのだとか。

さて今回は指導現場で求められる指導者の対話力について考えてみましょう。

entrenamientosagaikaga1日本の社会では子ども達は年齢を重ねれば重ねるほど自分の内側から出でくる声を押し殺すようになります。力のある同級生、保護者、学校の先生、コーチといった自分以外の存在の声を優先するようになります。周りを見て行動するようになるわけですね。目立つことや失敗することに大きな恐怖を抱くようになります。これはある意味当然のことで人間が生き延びる上で必要な性(さが)の一つでしょう。勿論、その性(さが)は僕の住むスペインの子ども達とて同じように持っています。国境を越えて皆、必要以上に目立つことを避けて行動します。しかし日本の子ども達の方が圧倒的にその色が強い。自分の意見を外には出さす、徹底的に「周りを見て」行動する子ども達の姿はまるで密林に潜むゲリラ隊のようです。これは現場レベルでの日本とスペインの間にある違いだと思います。その理由?わかりません。きっと数え切れないほどあると思います。ただ一つ明らかな理由だと思うのはその「正解の数」の差です。一つの問いに対して唯一無二の答えを探す日本に対し、僕の知っているスペイン(バスク)では「無限に存在する」という考え方が基にあります。沢山あるなら何を答えても当たるだろうというわけです。一方で一つしかないならその姿勢は慎重になるわけです。

僕は出張トレーニングを行わせて頂く際、子ども達との対話を重んじます。彼らの学びに寄り添うためです。そして対話の中で心がけていることは、子ども達から出てくる「全ての答えを必ず一度預かる」ということ。それは公の場で発言することのハードルを下げるためです。そして最終的には「答えはたくさんある」という概念を子ども達に植え付けることに繋がると信じています。社会を変えることはできません、しかし自分が責任者として活動するグループの中だけは変えることができます。活発に意見を出せるような環境作りを行う。これは日本サッカーが強くなる為に私たちがするべき初めの作業だと確信しています。entrenamientosagaikaga2勿論これは簡単なことではないことも知っています。なぜなら子ども達から出てくる答えを全て預かるのは指導者にとってとても難しい作業だからです。子ども達から出てくる発言や答えにしっかりと返答してあげなければいけませんから。しかも瞬時に。ただこれがないと、子ども達は敏感でので「ただ発言させて終わりかい」となり、長い目で見て発言欲を掻き立てられなくなります。そして最終的には活発な思考も促せなくなってしまいます。そういう意味では、有意義な本当の意味での対話がサッカー現場で行われる為には指導者側の包容力が必要になります。そしてその包容力を支えるのは確かな専門性です。知識です。僕もトレーニング中、「それもあるかもしれないね!」と肯定するだけで精一杯だったシーンが多々ありました。折角の発言を事実上流してしまうシーンですね。自身の力不足を感じました。もっともっと見えるものを増やして包容力のある空間を提供できる指導者になりたいなと感じました。そして改めて感じます。対話を重んじる指導というのは指導者にとってある意味挑戦だな、と。そして対話のスペシャリストであるマリア理論を思い出しました。

entrenamientosagaikaga3最後に取り組んだメニューについて少し。5対3(3対3+2フリーマン)のボール回しの中でじっくりサッカーの素を咀嚼してもらいました。攻守に及ぶ必要事項をしっかり説明し且つプレー時間を確保しようとすると一つのメニューでも凄く時間がかかります。次のメニューはミニゲームを実施。前のメニューにはなかった「攻撃方向」、「3ライン」、「オフサイド」、「スペース(時に奥行き)」らが登場することで初めて紹介できるコンセプト等も抑えながら、且つ前のメニューで扱った内容も一緒にトレーニング。最後はとても強度の高い、スピード感溢れるゲームになりました。子ども達が楽しそうにプレーしていたのが印象的でした。

Comments