Eibarbernabeu

リーガを観て指導する 第7節

RMA-EIB 地域、クラブ、監督、選手が共通したアイデンティティを持つこと

スペインサッカー界の歴史がまた塗り替えられました。エイバルがサンチャゴベルナベウで勝ち点を獲得。エイバルというサッカークラブが設立されてからこの77年間で初めてのことです。皆さんがご存知の通りこのクラブはこの間までスペイン3部で戦っていたクラブ。そんなクラブがレアル・マドリーのホームに乗り込み引き分けてしまいました。これは目に見えないクラブ関係者の良い仕事が積み重なり目に見えたカタチで現れた瞬間でもあります。その中でも強化ディレクターFran Garagarzaの存在は無視することがでいません。Fran Garagarzaしっかりとクラブとホームタウンのアイデンティティが合致するプレーモデルを掲げ、そのモデルに合う監督とコーチを連れてきます。そして常に自分たちが所属するカテゴリーよりも下のカテゴリーでプレーする選手達を集めてきました。そんなFran Garagarzaによってデザインされたチームが3部から2部、2部から1部そして二年連続での1部残留とこれまでしっかりと結果を出し、遂にサンチャゴベルナベウで結果を出しました。今節もJose Luis Mendilibar監督のもと、クラブのアイデンティティを存分に発揮した戦いぶりを披露してくれました。前半は自陣でしっかりブロックを作り「働き者・謙虚」なサッカーを。そして後半は相手陣地に乗り込み高い位置でのプレッシャーを通じて「勇敢な」姿勢を。世界中の質素なチームに勇気を与える戦いぶりでした。町・クラブ・監督・選手の全員が同じアイデンティティを持って活動することの大切さを教えてくれた一試合でした。

SEV-ALV  現代サッカーへのアンチテーゼ 〜誰のスポーツなのか〜

ganso セビージャに大きな変化がありました。システム?しいて言うなれば432+Nasriでしょうか。Nasriはフィニッシュもすれば中盤でラストパスを出すこともあれば、最終ラインに入ってビルドアップの軸になることもある。いわば完全に自由を与えられた存在です。自由を与えられたのは決してNasriだけではありません。これまでのセビージャと比べて完全に全体の動きが“自由”になっています。ボールを持っている時は前線の選手達が自身の特徴を活かすべく自由に動きます。しかしその中に原理原則をリスペクトするという無言のルールが存在します。誰がチームに幅を与えてもいいのです。時にはサイドバックのEscuderoが、時にはフォワードのViettoが、またシャドウのVitoloはワイドに張って幅を与える時もあります。でもその時はEscuderoは中に入り中央のサポートを獲得します。これまでのセビージャはもっとシステマチックでした。今節セビージャのピッチに存在したのは規律とカオスの共存でした。lilloこのセビージャの頭脳、ヘッドーコーチJuan Ma Lilloがよく言っていること。彼の講習会にも出たことがあるのですがそこでも言っていました。「フットボールをフットボールでなくしているのは私たち指導者だ。フットボールのエッセンスを壊したり取り除いたりしているのは私たち指導者だ。」と。誰のスポーツなのでしょうか?誰が主役なのでしょうか。私達はあくまでそれは選手達がより才能を発揮する為にその配合を行おう責任を与えられているだけです。その私たちがシステムという名の檻でもって選手達を窮屈な場所に閉じ込めてしまっていることはありませんか?今回のセビージャと戦いぶりは現在の戦術論へのアンチテーゼのようにも見えました。そして極め付けは後半から投入されて帝王Gansoのあのパス。やってくれました。ありがとう!

 

 

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